伊藤博文の縦横学的分析

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◇1人目の総理大臣

◇誕生~1841年10月16日       ◇死亡~1909年68歳 <暗殺>

◇就任時~1885年(乙酉)44歳        ◇在職期間~延7年5ヶ月

◇出身県~山口県             ◇学歴~松下村塾

◇経歴/業績~立憲政友会総裁、初代総理大臣、初代枢密院議長、初代貴族院議長、初代韓国統監

                    大日本帝国憲法起草

 

            【宿命運】          【大 運】

         癸 戊 辛     - 龍 南           <天沖殺><東>

       寅 丑 戌 丑 辰   貫 龍 貫       3 丁酉      退

     卯 癸 辛 癸 巳   南 牽 堂      13 丙申      退

                            23 乙未     【退】

◇24分類~KB      ◇天沖殺~無          33 甲午      進

◇体力指数~254(大)  ◇守護神~年干           43 癸巳      進

◇気力指数~28(大)   ◇一気格~地支              53 壬辰      進

◇活躍時~動乱期4     ◇三連結~無             63 辛卯  ★   進

◇行動タイプ~集団行動3  ◇干 合~癸戌

◇リーダー資質~二領域△  ◇位相法~庫気刑   

◇対人関係         ◇初代運~無     

  <縦> 目上○ 目下○  後継者~二条件 

      <横> 社会● 家庭○  ◇人の器(八門法)~中央型

◆人物的本質

1.冷静な観察力を持ち的確な批判精神を持っている。

2.環境が味方する場合としない場合とでは、性情・気質に大きな開きがあり、利点・欠点の差が大きい。

3.表面に現われるエネルギーよりも内面に蓄積されるエネルギーの方が大きいため、何事においても耐久力の

       ある行動性を所有している。

4.環境が味方しないと蓄積されているエネルギーが瞬間的に爆発状態を起こし、この星が爆発状態になると

      抑える方法は見当たらない。

5.エネルギーと星の器が相当大きく、大きいだけに細かい人情が現われ難い。

6.同時に責任の受け止め方が小さいために器の大きさとの間にアンバランスを起こし、人生の究極や大切な

      時に放浪性を発揮する可能性を持つ

◆総理大臣になれた適性と強運度、及びその他の要因

  ◇適性~牽牛星、龍高星2個

  ◇強運度~年干守護神、地支一気格、異常干支

  ◇その他~1885年の初代総理大臣を決める宮中会議の際、当時、太政大臣の三条実 美に代わり伊藤博文に

                      決まった最大の理由は「外国電報」が読めることで あった。外国と縁がある龍高星を2つ持つ

                      伊藤は1863年に長州五傑の一人として英国に渡り英語や礼儀作法を学び、 1870年と1871年

                      に 渡米、1873年ドイツの皇帝やビスマルク宰相と会見するなど外国慣れしていた。

◆歴史的事実やエピソードと縦横学的要素

  ◇1895年日清戦争後の下関条約に対して三国干渉が起こる。

    ⇒家庭・本人・仕事のすべての面で争いが起き、破壊が起きる最悪の年であった。

  ◇1909年満州ハルピン駅で韓国人により暗殺される。

    ⇒この年は中央に「害」が巡り、心の病から精神不安定で何事も思い通りにならない年であった。

                後の東大医学部の教師としてドイツから招かれていたエレヴァン・フォン・ベルツは「韓国人が

                伊藤を暗殺したことは特に悲しむべきことである。何故なら彼は韓国人の良き友であった」と

                言った。伊藤は日韓併合に否定的であったが、初代韓国総督になったことと人間的本質が細かい

                人情味が現れ難く、武骨なところと誤解されやすいタイプであったことが不幸な結果を招いた。

  ◇ライバルの大隈重信が「伊藤は理想を立て制度法規化する才覚に優れ、陽気で派手で、国家のための政治

   であって自分の野心のためはなかった。但し、敵に対しても味方に対しても態度が鮮明でなかった」と評

   している。

    ⇒長所は物事を論理的に捉える知性派で、明るくポジティブで新しい時代を作る人であったが、短所は

     枠にはまらず、世渡りが不得手なタイプであった。

  ◇女好きで有名で常に芸者をはべらしていた。

    ⇒東西の星が同じため、本人は無意識で配偶者と他の女性との区別がなく、また体力指数が大であるこ

               とから精力も大であった。

  ◇邸宅や金銭に執着がなく財産らしい財産は残さなかった。

    ⇒明治天皇が伊藤を信頼したのはお世辞を言わず武骨な正直者で、金銭にきれいで私財を持たなかった

              ことであり、分析上もお金に縁がないことが明確である。

2014年9月17日