片言隻語

◆2017/7/29 付

深く陰陽の消息を観る!】

「自国が陰であれば、他国は陽であり

陰陽の差の大は凶である・・。」

此の言は、古代よりの法則・常識として受け継がれてきた。

また、

「力を借りる国を選ぶには最大の智を要する事であるが

かけ離れた大国を選んではならない!」とある。

何故なら、

必ず、吸収されてしまうからである。

これが国の安定・維持に繋がる法則である。

さて、この国の現実はどうか?

この法則に逆らったまま、進んでいる。

かけ離れた大国と組んだまま、進んでいる。

この法則を知らずして・・・。

 

◇2017/5/14付

【遅疑は大事の障害なり!】

都知事に対する不満の声が・・決断力が無い・・等、続々と。

小池都知事について、24分類法から知・情・意を推察する。

<特徴>人生に対する行為・行動に深い思考力と長期的な視野に欠ける。

しかしながら、現実的なもの、目前に迫った行動力には見事なものがある。

選挙などにおいては、抜群の行動に伴った理性「HAタイプ」である。

<理論性>行動を伴う陰型理性

<思考力>現実優先の思考、独自の哲学を持つ

<創造性>日常的な目前の物事に応用力のある具体的な創造性

 

◇2017/3/7 付

組織論を持たない元都知事】

集団の形には利益を目的とした組織集団と利益を目的としない集団がある。

当然のこととして、利益集団には役目・役割があり上下関係がある。

利益を目的としない集団(趣味の会等)では名称としての役割はあるが上下は無く

対等関係であるので責任は関係者が対等に背負う事になる。

では、東京都の職員は利益集団ではないのか?これは、大きな問題である。

東京都は巨大な利益集団であり、歴然とした役職があり、

利益集団の役職にはそれぞれの役職に対しての対価も受けている。

余りにも、無責任な発言であり、社会性無きに等しい発言である。

これが、許される社会であってよいものであろうか?

参考までに、現代で会社経営に失敗する社長の3つの共通点は下記のようである。

    社長が仕事をしない。

    社長が浪費家である。

    社長がオブジェ化している。

 

◇2016/12/15付

シャープの凋落】

大企業にあっても事業継承には法則がある。大きな知恵の支えが必要である。

企業は6対4の割合で優秀な人材を持つ事。優秀な人材は無敵である。

特に、後継者の中でも二代目、七代目、十二代目を担う社長は、その役目として

教育の要素を経営術の中に持たねばならないのである。これが法則である。

新たな教育改革なしに従来の状態を引き継ぐだけでは七代目を維持、安定には至らない。

遡って、徳川家の例を見ても、二代目秀忠公はこの法則を以って三代目へと繋げている。

そして、四代目の豊かな時期を経て、五代目で安定を得ている。

(株)シャープの七代目社長は目を伏せて「何もしなかった・」との言葉を残しているが、

この法則を知らずして、百花の凋落飛散への道を選んでしまったのか、と。

 

◇2016/12/4 付

【大統領選挙】

アメリカ大統領選の結果、トランプ氏は「自尊心」で時を得、

リラリー氏は「自尊心」で時を見誤った。

「自尊心」とは真の自信から成るものであり、此処に

「真の自尊心」と「心貧しき自尊心」の難しさ、違いがある。

 

◇2016/7/28付

【方向を間違っていませんか?】

日本の根本問題は人口減と少子高齢化であるのに

28兆円超の財政出動とは?

方向が間違っていませんか?

自分の人気取りのためだけに株価対策に盲進する

子供のいない指導者は子孫の迷惑を考えないのですか?

また肝心の建設業界は人手不足と技術者不足で既に消化不良では?

一刻も早く足下を見つめた、まともな政府にならないと

いよいよこの国は立ち直らないのでは?。

 

◇2016/4/24付

信用は資本なり】

「信用は資本なり」の精神は何処へ?

大会社も零細も同じく、この格言の持つ精神を失っている。

眼に見えるもののみに捉われているから、

そして、テクニックのみに走るから。

現実を追い求めるあまり精神性を蔑にしている。

大切な「人の心」を忘れている。

本来、現実には精神性を加えなければ確実な成功は望めないのに。

だから、長く続かない企業が増えていると思う。

 

◇2016/3/3付

【報道圧力

現総務大臣にあっては「表現の自由」という価値に対しての

基本的な理解を欠いているようだ。

憲法21条の規定する「表現の自由」は放送事業者にも

保障されているものである。

「総務大臣が最終的に判断するということになるかと存じます・・」

等の無知無謀なる発言は知らぬ間に言論統制への道を進みかねない。

このような国家権力の暴走を止めるのが憲法の鎖であるはず。

総務大臣という特権を持つ者のこの発言は、間違いなく違憲であり

違憲審査基準の適用となる事を知らねばならない。

 

◇2016/2/12付

【副大臣】

副大臣、お茶会ですか?

TPPの署名式に出席の高鳥修一内閣副大臣の姿には驚きである。

何処かの茶会にでも出席されたかと、疑いたくなる恰好であった。

公人として、国の代表としての認識を疑われるのは当然ではないか、と。 

歴代の政治家の服装礼を参考に、マナーも合わせて良く学んで戴きたい! 

第一礼装は黒紋付き、一般礼装は色紋付ではあるが、それらは全て

江戸時代からの庶民の服装礼である。

国の公式行事でありますぞ。

これ、全くもって不見識を露呈したものと言わねばならない。

不心得も甚だしいではないか?と。

 

◇2016/2/2付

【立春】

2月4日「立春」、干支暦ではこの2月4日をもって2016年が始まる事をいいます。

「午未天中殺」所有者は12年に2年間の天中殺という「空間の欠落」現象が終了します。

甘利大臣も「午未天中殺」所有者であり、最後に退任という形になりました。

今まで2年間に役目上行った事に結果は出ず、天中殺現象が生じて後に禍の種を残すことに

なります。

国の代表の運気は実に大事なのです。

そして、2016年・2017年は安陪総理大臣が天中殺に入ります。

前進力のある「申酉天中殺」所有者のトップがこの時期に成したことが禍の元になるのは

ご存知でしょうか?

鳩山氏が総理大臣だった時も天中殺時期でした。沖縄問題は未だ解決の兆しがありません。

 

◇2016/2/1付

【九九消寒】

中国の暦の節気の一つである「冬至」の日から「九を数える」と真冬の日に入ります。

九日間が一つの九と呼ばれ、九つの九で八十一日を数え終えると寒気が消えて温かい春の

訪れがあるという事です。

昔から「九九消寒の歌」や「九九消寒の図」がありますが、

文字の消寒図もあったと言いますから余程、春の陽気が待ち遠しかったに違いありません。

九画の字九つを選んで白抜き文字にして並べ、毎日一画を塗りつぶしたそうです。

一例として:庭・前・垂・柳・珍・重・待・春・風(庭の柳を大事にして春風を待とう)

デジタルでない時代は、何とも風流ですね!

 

2015/11/16付

                              【職 人】

                            無愛想なのは

                                    媚びる事を知らないから

                         無骨なのは装うことを知らないから

                                      貧しいのは

                                   お金がすべてではないから 

                         頑固なのはそのことに自信があるから

                            こだわるのは本物を知っているから

                              そして、極めることができたのは

                      其の道以外 生きる術をしらなかったから。

 

◆2015/11/10付

 

 

 

◆2015/11/9付

【今こそ、呉越同舟】

 先の、臨時国会拒否のデタラメあり。民主・共産との共同拒否問題、然り。

 世の中は不思議な程にデタラメな政府の動きに慣れきってしまっている。

 今更、古を学ばなくとも 今は野党一丸の「合従」の手段を持って事をなし、

 不正を正し、国の在るべき姿に舵取りすべき時ではあるまいか?と。

 今こそ「呉越同舟」の時。野党一丸の英知を結集して事に当たるべき時である。

 つまり、敵同士ではあっても同じ船にのり嵐に合えば助け合うのが当然であると

 いうことである。

野党の党首たちに聞きたい。野党たる責任をどう考えているのか?

 古代、百万の軍も自在に動かした韓信にも、適格な忠言をした縦横家の存在があった。

 「聴は事の兆候、謀は事の機微と申します。

 小事に拘っては万乗の権を失いますぞ。

 知こそ決断の力であり、遅疑は事の害なり」と。

 しかし、将に将たる器を持たなかった者の末路は皆同じである。

 その言葉を用いれば、以下の如くで「遅疑逡巡」といえるものだった。

 結局、韓信は呂后の兵の密告により殺されるが、英邁な将ではなかったと言う事である。

 

 ◆2015/10/25付

【枢言に曰く・・】

「滅亡の原因は、その長所が原因となって滅び、

人はその特技があだとなって身を滅ぼす」 

当に、泳ぎの名人が池で溺れ、

弓の達人が弓で殺されるようなものだ。

名のある建築・不動産会社はその仕事で転落へと進み

食べ物屋は食べ物で滅びる。 

人は、その強みで失敗するということである。 

そこが、人間の弱みである。

 

◆2015/10/3付

【マナー違反】

公人のマナー

 「服装で迎え、智慧で送る」という言葉がある程に

 服装礼も大切な公人の「公務」の一つである。

 その公人にして、この心得不足は恥ずべき事である。

 五輪担当相のラフさは余りに、非礼!無礼! 

 不心得ではないか、と。

 賓客時には、少なくともネクタイで気を引き締めて欲しい。

 

◆2015/9/21付

【難言】

安保関連法案成立に関しては、第97代現総理大臣が、或は一国の命運が、

 平和期か、動乱期か、何れかの方向へと、流れを変えるべく舵取り役という

 「役目」を担っているという事であるならば、それは人知の及ばない事として

 致し方なしである。

 喩え、「苛政は虎よりも猛」の未来を予見しても、社会システムは自然に動き、

 時は自然必然の推移であり、変化であり、また、刹那のうちにも変化している。

 陰陽論を持ってすれば、全ての現象が(陰-・陽+・陰-・陽+)の順序に従い

 連動する。同じく、平和の次は平和ではなく動乱という時代に移るのが常である。

 見れども見ざるが如くし、聞けども聞かざるが如くし、知れども知らざるが如く、す。

 

◆2015/9/5付

【接運時の出来事】

接運とは個々の「大運と大運のつなぎ目」の事であり大運の変わる前後5年間の事を言う。

接運は運命の変わり目であり、それだけにいろんな変化が起きる。

例えば思考など精神的な変化、体調の変化、家族の離反、仕事上の突発事故、他人の言葉に

乗せられやすい等、運の波が荒れるところであり「接運十現」と言われる程、様々な現象が

集中して起きるところである。

 そこで、オリンピック・エンブレム問題でメデイアに躍り出た人物に至っては、現在、

丁度43歳の10年運に入り「接運」の時期に当たっている。又、自身の五旬からは

大運天中殺の入り口であり、加えて今年は仕事が病気をするところで何かと進展し難い

形となっている。

 ・・個人の接運時は誰もが最悪状態を想定し、生活状態を変化させない等、特に気を付ける

べきところである。

残念な事に「千載一遇」か「盲亀の浮木」かのチャンスは脆くも「接運」の時期に遭い

雲散霧消と化した。

「好事、門を出で得ず。悪事、千里を走る。」との諺の如くか。

 曰く、「仕事に便法はない」という事になりましょうか。

 思えらく、運命とは決して粗なるものではなく、人間の考え及ばないような密なる仕組みが

あるようである。

又、一切の事柄に天の定めた時期があるという事ではないか、と。

 詰るところ、人間の名誉も財運も「授かる人の器に従う」という事になるか、と。

 

◆2015/8/24付

【事件の裏に社会悪】

 昨今の痛ましい事件の報道には目を覆うばかりである。

 そもそも、如何なる事件もそれは何らかの原因があって結果として現れる現象である。

 その現象から探れば、背景としての社会なり、家庭環境が被害者も加害者をも作り出す

 大きな土壌であり、何らかの大きな要因を孕んでいるとの想像に至るのである。

 其処に何気ない日常生活を過しながら、何気なく無関心な生き方に慣れていく現代人。

 実に子供も大人も「心の闇」を持ちながら多忙にまかせスマホを相手に一人で解決すべく

 それが、生活の中で自然と習慣付けられているという怖さがある。

 現代社会は、そのような日常を持つ個人集団が社会に集団を作り出しているように見える。

 そして、其処が大きな問題なのではないか、と。

 これは進化する現代社会の落とし穴とも言うべきものではないのか、と。

 日常の人と人とのコミュニケーション能力が落ちるのも、宣なるかな、である。

 進化社会であれ人間社会に変わりなく、良い国とは普通の家庭集団から成るものである。

 それぞれの家庭集団が国の本(もと)となることから、進化に合わせた対応こそ「焦眉の急」。

 悲惨な事件から、何故、中学生が夜中に出歩くのか? 何故、人は無関心なのか?

 家庭教育の在り方はどうか?一家庭にあって、子供が夜中に家にいない事の異常さこそ

 大きく問題視すべき事と考える。又、このような事件が頻繁に繰り返される毎に

 唯々、変形した家庭なり社会の暴力には、非常な恐怖を抱かされるものである

 

◆2015/7/21付

【デモクラシーと独裁は矛盾せず】

現状を理解できない時は、昔の事から推察するのがよいと言う。

 未来を予測できない時には過去をふりかえってみるがよいと言う。

 すべてものごとは、現れ方は異なっているようであっても、

 古今を通じて、その法則性は同一である・・・と言う。

 世の中の移り変わりは「滄桑の変」。特に近年、近代デモクラシーが生息し得る

 必要条件となる議会政治が巧く機能しているとは、とても言えない現状にある。

 討論こそ議会政治のエッセンス。しかし、それを眼にする事すら既に無く、矢継ぎ早に

 知らされる法改正・法案には、唯々、唖然とするばかりか、恐怖を持たずにはいられない

デモクラシーとは人間だけで行う政治の事であり、「デモ」は「人」と意味するところから、

 人が関わる政治は、共和制にしろ、貴族制にしても全てデモクラシーである。

では、デモクラシーの反対とは? 「神聖政治」のシオクラシーである。

 ・・とは、「巨儒」小室直樹氏の言辞。

 そして、平和主義のデモクラシーもあれば、軍国主義のデモクラシーもある。

古代ギリシャに栄えたスパルタなどは典型的な軍国主義のデモクラシーであった。

 自由主義と民主主義が一組になった、近代デモクラシー国家においては、主権者が国民

 であり「絶対者」である。権力への住民参加においては監視の目を疎かには出来ない。

 国民の代表たる議会がありデモクラシー国家の長は名君にも暴君にもなり得るのだ。

 アジア・アフリカ等でいろんな国が宗主国から独立し、憲法を持ち立派な自由主義や

民主主義が盛り込まれていても、敢え無く機能不全に陥り独裁者が牛耳ってしまうのが

 何よりの証拠ではないか。周知の如く、古代ギリシャにおける政治思想の影響は大きく、

 デモクラシーという言葉は「暴民政治」という意味をも持つものである。

 デモクラシーとは健全に育んで行かなければ簡単に独裁者を作る土壌となり得るのだ!

 デモクラシー、リベラリズムによる政治は非常に生かし方が難しいと言われる所以である。

 国民が目を離した隙に独裁化してしまう事を知るべきである。

 その最も端的な例がドイツ。ヨ-ロッパ中が平和を叫ぶ中、憲法の手本とされた

 ワイマール憲法には触れる事なく、国民投票を繰り返し、第一党にのし上がるや、

 得意の経済政策で超インフレを解消、国民の喝采を浴びながら独裁者となったのが

 ヒトラーである事は言うまでもない。アウトバーンが今も、その名残をとどめている。

その時に作った一つの法案が、恐怖の「全権委任法」であった。

 あれよ、あれよという間に、全権力が一人の手に委ねられたのである。しかも合法的に。

 デモクラシーと独裁は矛盾しない。舵取りを間違えば「僧兵世乱す」である。

 そして、今こそ「危急存亡の秋」である。


)

◆2015/7/13付

【準備なくして・・オリンピック?】

 時を逸し「ずさん」との汚名をそそがれた新国立競技場、この建設を巡り今や各界から

かしましい論議を呼ぶ存在となっている・・。こんな国家事業計画があるのか?と。

 古を師とするなら、・・・そもそも国家の財政は、計画によって動き、努力をまって安定し、

 油断によって破錠を生じる。計画性を欠けば成り立たない。努力抜きでは安定しない。

 そして油断さえしなければ破錠はない。つまり、「準備なくして行動なし」と唱えたのは

元前の政治家でありエコノミストの「管仲」であった。

 「菅子」立政篇の中から、施政の極意をずばりと伝えている章が以下の如くである。

 「先ず準備が整っていなければ如何なる計略も成功はおぼつかないし事業も計画倒れに終

 わってしまう。

行動を開始するに当たって、先ず周到な準備を整えてから慎重に時機到来を待つ。

国が新しい事業を始める際は賞罰の規準を先に示しておく。

事業の責任者は、いちいち計画にのっとって仕事を進め、決められた通りに賞罰を行う。

さて、事業が終われば責任者はその事業のやり方を複命し、賞罰の状況を報告する。

もし、事業のやりかた命令に合致しなければ、たとえ功労があっても、「勝手な事をした」

という(かど)で死罪に処される。

このように、前もってきちんとした計画と命令さえ定めておけば、事業はとどこうりなく

完成するものである」と。現代社会にあってもそれなりの罰は当然あって然るべきではないだろうか。

予告してのち事を行う段階で責任者不明?この醜態の原因は何処に?

・・オリンピックは全ての国民の合意で行われるものではない。

全くオリンピックに興味・視野を持たない人々が国の半分以上はいるという点にも

注目すべきではないだろうか。

 その上、費用の負担は全ての国民が支払う事になる。市況を見て国の財政第一の考えを持 

つ舵取りを願いたいものである。が、一庶民の低い所からの声が届くであろうか、とも。 

諺に曰く、「貧乏人は金銭を持って礼を成さず、老人は労力を持って礼を成さず。」という

言辞も合い含めて考えを巡らせて欲しいものである。この諺は国家にも個人にも通じる話。

・・・「管子」の話で、もう一つ見落としてはならないのは数千年前の菅仲が、

すでに「計画経済」を会得し説いていたという事実である。

民から「取る」ためには、まず民に「与えよ」と説く管仲の論は極めて「今日的」である。

 

◆2015/7/3付

【老馬の知、用うべきなり】

 生活苦に絡む事件が此処に来て急に増えたとの感はあったが、

 昨日の国の統計から62・4%の人達が生活苦を感じているという結果には驚愕。

「流れ老人」との老人を揶揄する新語が出た後での、この現実は当に貧富の差の拡大を意味するものであり、

他人ごとではなく、不安定社会を物語る現実であると感じる。経済は生き物である。

 古今の有能なエコノミストの論理は「有効需要」と称するもので消費と投資の配分、

しかし、いかに計算し尽くされた形を持ってしても人間が作る社会が自然界の法則の範疇にある限り、

人為は一時的な勝利に過ぎないのである。

また、「貧富」とは、文明なり進化した社会の属物であると考えるのが正解というものではないのか、と。

 なぜなら、太古の社会、つまり「貧富」が同居しない共同体からは一番高貴な習慣が生まれているのである。

そこには傲慢も不正もさらには羨望も我欲も生まれなかった。

また、人間が単純であったから人間も善人であったとか。

さて、現代の状況改善には「轍鮒(てっぷ)の急」を要す。

古を師として、彼の紀元前、政治家「管仲」の発した言「老馬(ろうば)の知、(もち)うべきなり」である。

 つまり、伏して、老練な知恵者の言を道案内として舵取りをするにある、と。

 

※「老馬」戦いで追われ山道に迷い困った時に、「老馬に先導させよ!」との

 管仲の指示あり。年老いた馬はよく道を知っているから迷わないという故事。

 

◆2015/5/31付

【不能の一字はただ愚人の辞書にあり!】

昨今の国会答弁に見る品位!総理をはじめ大臣達の愚答。

これ、如何なものかと・・。

古来より女性の品位は足首にあるとは知るものの、

男性の品位は、やはり言動にありと視る。

こうなると、やはり、人間の一生を支配するものは、

運であって知恵ではない、という事になりましょうか?

 

◆2015/2/28付

【大塚家具お家騒動】

今回の権力闘争にみる親子関係から親子とは肉体面ではDNA鑑定で科学的には証明されても、

精神面(性格)は両親の資質とは関係なく自然界の法則により決定されているという

「東洋の先人の知恵」の証明でもあるようだ。父親・長男・長女・この三人からして、

三人の思考ポイントが全く違う。つまり、24分類法から見て思考法が全く違う事が判る。

父親(NAタイプ)長男(MCタイプ)長女(KFタイプ)

思考ポイントが完全に違う三人なので全てがかみ合わず全く意思疎通が困難な状態にある。

※父親(NA)は限られた視野を所有の官僚タイプ。

安全が確認されてはじめて動きだすタイプで咄嗟の判断に弱点を所有。

特徴としては、幼い時には淋しい育ち方を経験しており、極めて特殊な考え方の所有者であり、

人が考えないようなアイデアー等豊富である。

この件、77歳までには完全に納まる形を所有している。

※長女(KF)は視野が広く常に全体思考を得手として夢を追うタイプであり

現状満足度は少なく家系に対しての権力意識が強いため、見返りとして結婚運を犠牲にする。

家庭内暴力などは子の様な人物から起こるのであるが、

両親縁が薄く両親からは異質な子に映ったとしても目上両親に大きく影響されるタイプであるので

育てる段階から常に期待をかけてあげながらの環境が必要であった人物である。

無意識に知性的な行動を取り問題にぶつかると目上的な上位の立場に立って闘うが最終的には

何かを守るという思考に落ち着くようである。2016年には考え方が一変する事態を迎える事になる。

※長男(MC)跡取り運ではない人物。視野が狭く限られた視野を持ち社会性より自己を優先するため、

会社員としての人生よりもスペシャリストとして活躍すべき人物である。

さて、賢者は禍を持って福と成すもの。社員を巻き込んでのこのお家騒動の一件、

禍とするか福とするかは、一重にこの親子の意識次元に懸かっているようである。

 

◆2015/1/31付

【大相撲・白鵬の審判批判】

話題の横綱白鵬は現在29歳、最高位に登りつめた人物である事は相撲ファーンならずとも知る所である。

その並外れた忍耐力とずば抜けた才能のバランスには誰もが脱帽。

寡黙に自己の全てを一つの目標に向けて進んで来た人物であり、これは誰もが真似出来る事ではない。

それだけに他の相撲取りとは次元が違う事は確かである。

また、本人の次元の高まりから独自の哲学を持っている事も確かである。

しかしながら、この出来事、此処に大きな危険が潜んでいる事を本人は知らない。

「人は自己の強みで失敗する!」と言うことを。

そこには、あまりに早い昇進ゆえに29歳の「心次元」が追いつかない横綱がいる。

相撲協会でいう「心技体」の「心」だけが追いつかない状態であると観る。

また、本人の相当な「頑固さ」がないと自分をこれまでに成せなかったはずである。

つまり、普通の人が成し得ない事を成した人物は独自の哲学を持つ故、独特の特徴が出るものなのである。

しかし、「忍激は禍福の関なり」の古言にあるように、

今回のこの出来事から学ぶべき姿が、今後を大きく左右すると思われるが故にあえて申し上げたい・・。

「頑固」とは、自分が孤独な状態になる覚悟の上で出すものである、という事。そして、

「忍耐」とは、真の自尊心と広い和合の精神から生まれるものである、と言う事である。

 

◆2014/12/30付

【2014年・話題の人物:小保方晴子氏】

現象とは原因の結果が見える状態を言う。

どのような現象も必ずこれより始まるという糸口なる起原がある。

又、現象は極まる状態を持って始めて外側に現れるものである。

極まるとは熟する事であり時間的に捉えると約15年から20年を熟し

極まる時間とするのが自然界の法則でもある。

柿も渋柿から甘くなる迄には熟す時間を要する。

人間も熟年期までには時間が必要だ。

おまけに柚子の大馬鹿18年との言われを持つ実生柚子の熟成は遅く、

しかし、その味、香りは接木の綺麗な柚子に比べてはるかに格調高く、

フランス人の美食家をして「美味なり」と言わしめている。

押して知るべし。

小保方氏の件も熟成極まれば結果は是非の如何を問わず

世間に現れるのは当然の事である。

言わずもがな。

「聡明なる人物」とは結果を捉えて行動する人の事を言うのである。

アルケオロジー分析から本人を見た場合、

本人の行動範囲として大きな場を与えられる程、

矛盾が多くなり良い面も悪い面も消耗しているような形を持つ。

これは平凡な人間が百鬼夜行する世界に飛び込んだ様なものである。

本来は狭さを持って運命的な美を作る人。

思考面では常に干合(かんごう)変化(化学変化)が起きる状態にあり、そこに大きな特徴が潜む。

つまり捉えどころのない人物像が出来上がる。

それが異性間においては不思議な魅力人に見えてしまう部分なのである。

始めに冒険・最後に冒険、始まりは経験不足から無手勝流人生に流れ、

最後まで傍目には常識逸脱の人となり、他人との和合性なく孤立の人と成り得る。

2013年には自分自身も社会運も変化の状態にあり仕事面では一先ず終止符の形になっている。

又、2014年・2015年は12年に二年間の空間欠落の低調期現象にある人物である。

2014年12月30日