百事の禍福

其の七:近年の離婚率は年々高まるばかりで、今や二分に一組の割合で離婚があるという。

   今様の人の特徴から、激して忍耐を軽んじる傾向が強いように感じる。

   独身者も多いが、この状態が続けば社会は乱れる。片親での子育てには難多く、

   貧困層も厚みを増すばかりか、と。

   これも戦後日本の弱みに付け込んだ強国の押し付け教育と家庭教育の弊害と言えるが、

   社会の不備やら社会のせいばかりにも出来ないふしがある。

   自由社会は自己責任が伴う。もう少し結婚も子育てにも思慮深く有るべきではないかと思う。

   今、この問題こそ、焦眉(しょうび)(きゅう)ではあるまいか。

   特に子育てには二十年の忍耐期間が必要である。つまり、成人するまでは母親は

  「我」を出しては子供がまともに育たない。

  「我」を出していい時期とは子育ての後という事で、それまでは全て譲る事であり、

   自己を無くす事である。其処に父親と母親の役割分担がある。

  「忍耐」は子供を育て自己をも育てる「妙薬」なのである。

  「忍」の経験がない女性は孤独に弱く、やがて訪れる人生の最後の時期に孤独を

   楽しむ知性ある「老来」は迎えられない。忍激の二字は、これ禍福の関なり。

其の六:「(ちょう)は事の兆候」と言うも、最早「(かなえ)軽重(けいちょう)」を問われるまでの国に・・。

            何とも哀れな平和ボケも甚だしいニュースには驚くばかり・・である。

            本年の流行語大賞に上がった「集団的自衛権」の話。

            今や国家権力の暴走により「憲法」という最強の鎖が解けようする時に、

            この暴挙。

          「禍福はあざなえる縄の如し」とは言うけれども、

          「(やまい)膏肓(こうこう)に入り」の状態では、既に治すべく方法もなく、

            もはや「自然の法則」に従うより道なし、唯唯、眺めているのみ。

其の五:「国には国の(かく)、民族には民族の(かく)がある。人に人の(かく)が有るのと同じである。そればかりか、物に

            もそれぞれに格がある。格は尊貴なもので、全ての格を総合するものが人格である」と言われるが、

           近年、政治家の人格には問題が多すぎるのではないか、と。古の政治家「管仲」は「天下を得るには、

           先ず人を得る」との言を残したが、古を「師」とし、「管仲」を崇拝した毛沢東も同じく言っている。

         「準備なくして行動なし」と。政治家のトップたるや人を選ぶ資質を持つ事、然るべきであり、閣僚た

          るや「人格」「実績」「能力」の三条件を備えているのは当然の事とする、この基本がぐらつけば国は

          危ない。唯唯、「野心は大きいが知恵が足りない」ことほどの政治集団、何をか(いわん)やである。

          これこそ、百事の禍の基である。

其の四:古例より、漢の文帝の時代、慎夫人は宮中では皇后と同列の席を与えられていたが、文帝が皇后と

           慎夫人を伴い上林園に行幸の折、丞相は慎婦人の席を一段後ろに引き下げた。(しん)婦人は怒り、文帝一行

           はそのまま宮中に帰ってしまったが、丞相の袁盎(えんおう)は臆することなく一行の後を追って参内、言上した。

      「尊卑のけじめがあってこそ、上下関係がしっくりいくもの。陛下が皇后をお迎えになっておられる以

            上、慎夫人は側室です。側室が正室と同列の席につくような事では尊卑のけじめがつきません。陛下が

            それ  ほど慎夫人をご寵愛ならば、他の形でお気持ちを表わせるはず、良かれと思ったことが仇となる

            事 も多々ございます。よもや呂后の「人豚」の事件をお忘れではありますまい。」文帝は「よくぞ

            っ くれた!」と喜び、慎夫人に袁盎の意図したところを話して聞かせた。これ、禍転じて福とした

             が、後に袁盎の諫 言も多きに過ぎて疎んじられ敬遠され官位剥奪の憂き目に遭う。「過ぎたるは及ば

             ざるが如し、禍福はあざなえる縄の如し」とも。これ、百事の禍なり。

其の三:歴史は繰り返すとはいうが、そのパターンは驚く程しばしば日常に繰り返される。

    古例から「その強きは、弱めやすし」の韓信の戦略は百万の大軍も自由に操り大いに劉邦を助けたが、

     劉邦・項羽・韓信との力量が揃った時の事、斉の策士、蒯通(かいとう)が天下三分の計を持ちかけた。

          「もはや三者鼎立(ていりつ)すべき時、(ちょう)は事の兆候、(ぼう)は事の機微(きび)と申します 小事にこだわっては万乗の権

            を失います。遅疑は大事の障害です。ああ、今がチャンスご熟慮を・・」

           しかし結局、韓信は迷いの末に進言を退けた。その結果、密告者により造反者と疑われ韓信の三族は

           皆殺しにされてしまう。命を失う最後の時に韓信 が遺した言葉がある。

         「(こう)()死して(りょう)()煮られ、高鳥尽きて(りょう)(きゅう)(しま)われ、敵国敗れて(ぼう)(しん)滅ぶ。」

          利のために義に背くことは出来ないと言えども、進言に耳を貸しながら躊躇(ためら)って断行しない事こそ、

          これ万事の禍のもとなり

其の二:「百世を重ぬるといえども、我が恥ますます甚だしからんのみ」と。

        「才・学・識」を兼ね備えた歴史家、司馬遷ではあったが李陵事件に連座して官刑に処せられている。

          武帝の下問に対して同僚であった李陵を庇う発言から、武帝の信任もっとも厚い将軍、李広利を貶めん

          との誤解を生んだのである。「(えっ)()の罪」なるか、これ、口舌の禍なり。

         「ああ、これが私の受ける罪であるのか、本当に罪であるのか。恥は官刑より大なるはなし」との悲しみ

           の淵にありながら、かくして司馬遷は全百三十篇、五十二万六千五百字の「史記」を今に残した。

其の一:論語にある、孔子の弟子の一人に鳥の言葉を聞き分ける能力を持つ、公冶(こうや)(ちょう)という男がいた。

          公冶長は鳥達が話している内容を聞いて行方不明になった幼児の死体の在り場所を知り、それを子供の

          親に話した事から殺人犯の疑いをかけられ投獄されたという伝説である。

          孔子曰く「縲絏(るいせつ)の中に在りといえども其の罪にあらざる也」と。

          超能力者は異次元に在り、凡庸な世人に語るは、これ、百事の禍なり。

2014年9月25日