縦横学の誕生

この学問が持つ技術やその根底をなしている原理は大変古い時代に成立している。そしてその技術は各方面に活用され応用されているにも拘わらず、その原理に関しては世に流布されることはなかった。そしてこの学問の誕生の証しは古代中国国家の「殷」に見ることが出来る。殷王朝は夏王朝と周王朝に挟まれた時代の紀元前1500年頃に位する国であり、1899年以降に発掘された亀甲などに印された甲骨文字によって初めて実在が確かめられた国家である。

その中に六十干支が記されていることから、既にこの時代に干支が発明されていたことを物語っている。但し、この時代に形成されたものは単純な陰陽五行説から成り立っており、その後の時代に何度も改良させた形跡がある。

六十干支は暦術に使用するもので殷王朝の時代に暦を形成する技術が存在していたことになる。殷王朝期の暦では1ヶ月が30日で上・中・下の3旬に分かれていて、六十干支は2ヶ月で一巡するように出来ていた。六十干支によって天体の動きを捉え、暦を作り出す技術は大変複雑であり、西洋とは全く違う発想である。先人達が六十干支を使用した最大の要因は地球と太陽や惑星の軌道性や周期性の発見であり、もしこの先人達が天と地上の運行を単純に物理的・数理的に捉えていたなら干支の発明がなかったと考えられ、この干支の発明に伴うものの考え方が後の東洋人の思想の根源となっている。

この学問の原理もこの干支の誕生と暦の作成の中にあり、この学問は狭義に解釈すると暦術思想と言える。西洋でも東洋でも天文学が暦術を生み出しているが、西洋では天文学が暦術を生み出し、暦術が数学や物理学を育んだ。一方の東洋は天文学が暦術を生み出す間に思想を生み出し、出来上がった暦術が「倫理」を形成したことになる。つまりこの学問は天文学によって生まれた暦術を思想と倫理によって挟み込んだ三位一体の学説であり、最初から「占術」のために考案されたものではなく、この学説を応用すれば人間の運命を見る「占術」が出来るという二次的、副産物的に応用範囲が広がったのである。

※「倫理」とは人間として守るべき道であり、「倫」とは仲間の意味で仲間同士の人間関係を律する決まりで「道徳」を意味する。

この学問を二次的に応用した占術の中に、多大な自然(神)の意志を見つけ出すことが出来ることは「瓢箪から駒」のようなもので、思いがけず自然界の深奥を知る方法が見つかり、この学問の理論と併用すれば人間の謎の部分に一つの光明を投げ入れることが出来る。その意味から原理・技術・応用を連結して説明出来ることは価値がある。

この学問が東洋に及ぼした功績は大きく、歴史が進むにつれ多様化する社会の中で、ややもすると人間の生存方向を見失いがちになる現在において、古代人が考え出した自然科学の思想は、未来へ向かう現代人にとって新しい思索と方向をもたらす糧となる。人間が生きていく上で、その生き方が原理・原則に基づかないものであれば、いつの日にか崩壊するはずである。そして今も昔を人間にとって最良の師は自然界(神)である。自然界は決してテクニックを使用せず、原理・原則そのままに生き動いている。

2014年8月24日